3.01.2017

子ども時代には


2月の半ばに、編集者の方から佐藤さとるさんの訃報を聞きました。佐藤さとるさんは、『だれも知らない小さな国』を書かれた有名な児童文学作家です。コロボックルのお話といえば、子どもの本に詳しくない方でもどこかで一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。
ここ数か月の間に、谷口ジローさん、原田治さんの訃報がつづき、茫然としていたが、そこに追い打ちをかけるような、佐藤さとるさんの死。すぐその後に うさこちゃんのブルーナーの訃報がWebのニュースサイトに流れ、こちらもショックだったのですが、佐藤さとるさんの訃報は、ゆっくりとシミが広がるように、日に日に心が重くなり、気持ちが沈んでしまいました。

わたしは、佐藤さんに直接お会いしたことはありません。小学生のころコロボックル物語に夢中になった一読者です。そのころ、わたしの住む東京都国立市(くにたちし)には、独立した図書館がなく(国立市中央図書館の開館は、1974年)、福祉会館内に児童図書室がありました。そこで見つけた『豆つぶほどのちいさないぬ』のタイトルに魅かれて手に取った本が、佐藤さんの作品との出会いでした。村上勉さんの絵も大事なポイントでした。細い線がなめらかに走るペン画。挿絵の中の豆つぶのような小さな犬が自分の手のひらの上で走り回る姿を夢想しました。

あの頃の、ゆったりした時間。「ちいさな国」の世界にどっぷり浸りきって楽しんだあの時間。当時子どもだったわたしは、なんて贅沢な時間をすごしていたのだろうと改めて思います。『だれも知らない小さな国』は、わたしの生きてきた時間と空間の大切な一部分に、しっかりと根付いています。

2011年3月11日からもうすぐ6年になります。
この6年の間に、世の中に広がる増悪の感情がますます拡大しているように思えます。瞬時に、何が得か、どうしたら自己防衛できるか判断して、強い人間にはすり寄る。弱い人間にはその弱点を突き回して、自分の優位性をアピールする。
こんなことが、あっけらかんと公共の場でひろうされ、多くの人々の喝采を受けます。
これって、人間の本性なのでしょうか。だけど、以前は、こんな思考や行為は、恥ずかしい事ではなかったでしょうか。昔は、勝ち負けや上下だけではない価値観にも、もっと重きが置かれていたと思うのは、当時のわたしがまだ子どもだったからでしょうか。

世の中に不穏な空気が広がっているこの時に、佐藤さとるさんが逝ってしまったことが、わたしには何かの象徴のように感じられ、おそろしくなりました。この先、世界はどうなってしまうのだろう。
ただ、それでも、『だれも知らない小さな国』が消えていないことは希望です。
なぜなら、憎しみに立ち向かえるのは、最後は、ひとりひとりの心の豊かさだと信じるからです。佐藤さとるさんご自身はもうこの世に存在していないけれど、佐藤さんが紡がれた物語の世界は、わたしを含め、読者の心の中に消えずに残っています。
子どもを、競争(勝ち負けや差別)から解放すべきです。子ども時代には、物ごとをじっと観察したり、じっくり空想にひたったり、好きなことにとことん集中できる時間が大切だとわたしは思います。


お知らせが遅くなってしまいましたが、南青山のPinpoint Galleryで開かれている「復刻名画 キネマトグラフ」100人展に参加しています。期間は、2月20日~3月11日。
わたしは、ギリシアのテオ・アンゲロプロス監督の「霧の中の風景」をテーマに絵を描きました。


ヨーロッパ共同体などまだなく、国と国との間で国境の検問がおこなわれていた頃のギリシアが舞台。母親に「父親はドイツの出稼ぎにいって帰らない」と聞かされていた姉弟が、ふたりだけで父親に会いに、ドイツへと旅立つお話です。
寒々とした悲しい映画ですが、夢なのか現実なのかわからない印象的な場面がたくさん出てきます。わたしには、二人の前に突然あらわれる象徴的な風景が、子どもたちの前に立ちはだかる残酷な大人の現実に見えました。

この展示では、100人のイラストレーターが自分の好きな映画をテーマに小品を描いています。作家さんの想いがこもった映画の世界は、それぞれとても魅力的です。
どうぞお時間を作って観に行かれることをお勧めします。
詳しくは、ギャラリーのHPをご覧ください。
「復刻名画 Pinpoint キネマトグラフ」展